ガイガカウンターで放射線測定

ガイガカウンター

ガイガー=ミュラー計数管は、GM計数管あるいはガイガー・カウンター(Geiger counter)とも呼ばれ、放射能の強弱を放射線の量として数値で表示する事ができる。 不活性ガスを封入した筒の中心部に電極を取り付け、高い電圧を掛ける。筒中に放射線が入ると、不活性ガスが電離されて電極と陽極の間にパルス電流が流れる。非常に利得が高く[要検証][要出典]大きな信号を得られる半面、この電流の強さは、放射線の持つエネルギーと比例関係にはならないので、放射線の持つエネルギーを測定することは出来ない。 発明から80年近くの時間を経ているが、今日でもこの原理を利用し、放射線を計測している。

ガイガー=ミュラー管(GM管)は、1個からの電離放射線を検知することができる、GM検出器の検知部である。 これを発明したハンス・ガイガーと、ワルター・ミュラーにちなんで名づけられた。 ガイガーはアーネスト・ラザフォードと共に1908年にこの検知器を開発したが、アルファ線だけを検知できるものだった。 1928年にガイガーの教え子だったミュラーが、あらゆる種類の電離放射線を検知できるように改良した。 GM管は気体イオン検出器に分類される。

■ハンス・ガイガー
ハンス・ガイガー(Johannes (Hans) Wilhelm Geiger, 1882年9月30日 - 1945年9月24日)はドイツの物理学者である。放射線量を測定するガイガー=ミュラー計数管の発明や、原子核の発見につながったガイガー・マースデンの実験、α線の飛程と半減期との関係を示したガイガー・ヌッタルの法則の提唱で知られる。 ラインラント=プファルツ州ノイシュタット・アン・デア・ヴァインシュトラーセ (Neustadt an der Weinstrase) に生まれた。父親はインド学者でエアランゲン大学の教授のヴィルヘルム・ルードヴィッヒ・ガイガーである。 1902年からエアランゲン大学で物理学と数学を学び、1906年に博士号を得た。1907年からマンチェスター大学のアーネスト・ラザフォードのもとで働き、1909年でガイガー・マースデンの実験を行った。1911年にガイガー・ヌッタルの法則を定式化し、原子の構造を明らかにした実験を行った。1912年にベルリンの連邦物理工学研究所 (Physikalisch-Technische Bundesanstalt) のリーダーとなり、1925年キール大学の教授となった。1928年に、ヴァルター・ミュラーとガイガー=ミュラー計数管を開発した。ガイガーはナチス政権下で、テュービンゲン大学とベルリン大学の教授職を得たので、ナチスとの関係が問題にされるが、ガイガーは1945年の彼の死まで、政治的な発言の記録は残っていない。 1929年にヒューズ・メダルを受賞した。ポツダムにて没。

■ヴァルター・ミュラー
ヴァルター・ミュラー(Walther Muller、1905年9月6日 - 1979年12月4日)はドイツの物理学者、発明家である。ガイガー=ミュラー計数管(GM管:ガイガー・カウンター)の改良で知られる。 ハノーファーで生れる。キール大学で学び、1925年からハンス・ガイガーの指導をうけた。ガイガーとミュラーの放射線による気体の電離の研究はガイガーカウンターの発明につながり、ガイガーカウンターは現在も放射能の測定にひろく用いられる。 テュービンゲン大学で教授になった後、工学の分野に転じ、オーストラリアの経済省の顧問を務めた後、アメリカ合衆国で工学を研究するとともにGM管の製造をする会社を設立した。カリフォルニア州で没した。